はたちの私と今の私

  • 2009/03/05(木) 20:17:19

昨日、パソコンに入っている古いデータを整理していたら、
大学の頃に行った内モンゴルでのキャンプの感想文が出てきました。
たしか、報告書用かなにかに書いたやつ。
前にもこのブログに書きましたが(→「はじめに」
私はこのキャンプには3回行っていて、この時は3回目でした。
大学生は学生スタッフとして引率役で参加できて、
それだと、なんと半額の旅費で行けたんです!

懐かしいなー、と思って自分で読み返してみて
ちょっと驚きました。

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 内モンゴルから帰国後。後片付けしようとキャンプ用具の入った大きなダンボールをスタッフみんなで開けた瞬間の、あの匂い。モンゴルで嗅ぎ慣れた、食物と土と草と、水と、生き物と、それ 以外の色々なもののごっちゃになった匂い。それは、一瞬で私をモンゴルへ連れ戻すぐらい、強烈でくらくらするような匂いだった。

 はてしない炎天下の大地で運よく雲の陰の中に入れたとき、待ち焦がれた井戸まで着いたとき、降り注ぐような星空を見たときの喜びは、日本じゃ到底味わえない!たぶん何年経っても、この夏の記憶を思い起こすとき、気持ちは二十歳に戻れるのだと思う。旅の好きな人はきっと、記憶の中の旅にも魅せられているのだろう。

 草原で過ごした一週間、乾燥した空気やジリジリ照りつける日差しにさらされて、帰りたいぐらい辛いこともあった。それなのに、また行きたいという気持ちになるのは、思い出だからだとも思う。そして、日本に帰ってこられる事を前提に行ったからだとも。あの草原で生きている人びとは、私たちをどんな気持ちで見ていたのだろうか?草原でバイクを乗りこなす原住民を見たときに、心外だと感じたのは私だけではないはずだ。あのとき軽すぎる感情を抱いた自分を、後から恥ずかしく思った。エーデルワイスの咲き乱れる草原にも出会ったけれど、荒涼たる茶色の大地も通った。そこには、「日本で得がたい大切な事を学ぶための冒険」というだけで終わらせてはいけない際どさがあると思う。

 いつか、このどこか腑に落ちない気持ちへの答えを見つけられたとき、また内モンゴルへ行ってみたい。そして、そういうことを子どもたちと一緒に考えられるような大人になりたいと思った。



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私ってなんてマジメだったんだろう。いや、今も真面目ですけど(笑)!
そして、この頃とはちょっぴり考え方が変わっているかも。

今の私は、「日本で得難い大切なことを学ぶための冒険」、
どんどん行ってください!と思います。
たとえそういう旅が観光産業として
原住民の生活の糧になっていたとしても、
ゆき過ぎさえしなければ、それはそれで世界が回るひとつの歯車に
なっているのだし、その中にもし矛盾があったとしたら
それを自分の目で見ることで、
何かを考えるきっかけができるかもしれない。
(もちろんマナーは当然守った上で、ですが。)

私みたいに、その時すぐに疑問への答えを
得られなかったように見えても、
疑問を持つこと自体にきっと大きな意味があるはず。

たくさんリスクはあったにもかかわらず、
こういうチャンスをくれた両親に、今でも心から感謝しています。
私も自分のこどもには、
感受性豊かなころから色々な経験をさせたいな。

ちなみに、腑に落ちない気持ちへの答えは見つかったか・・・?

ある国や地域の伝統を保つことは、
グローバル化した世界においてはとても難しいことだと思います。
その地に住む人は外からの文化や文明に興味を持ちはじめ、
逆にそこに住まない人は、
その地独特のものを失わないでほしいと願う、
という様なことは、日本でもよく聞きます。
いかにして素晴らしい部分を保ちつつ、
新しいものも取り入れていくか?
これは、発展途上国でも先進国でも同じことでしょうが、
発展途上国の場合は外から一方的な影響を受けやすいので、
いろいろな問題につながりやすいのではないでしょうか。

最近よく感じるのが、外からの支援者がいくら頑張っても、
結局はその土地の人々が自分たちで何とかしていこうと思い
行動することが、不可欠だということです。
そしてそれは、自分たちの土地を
自分たちで大切に想うことから始まるのでは?
務めていたNGOでも、この概念が
長年の経験の上から導き出されていました。

マラウイでは黄色人種や欧米人は目立つので、
道を歩いていると男女問わず声をかけてきてくれます。
日本人だと分かると、トヨタがすごい、日産がすごい、
日本に連れてって〜、と話が盛り上がり、
そのうちマラウイのお国自慢を始める人の多いこと!
「世界の最貧国の一つ」だとか、
「エイズ患者が国民の15%」とか、
たくさん難しい課題はあるというのに、
マラウイの人の温かさ、湖のすばらしさ、
などを満面の笑みで語ってくれます。
素直に自分の土地を自慢できる人って、
日本人だともっと少ない気がする・・・。

私は福岡で生まれ育ったのですが、
中高生の頃は東京だとかヨーロッパだとかへの憧れがとても強くて、
早くこのこぢんまりした場所から抜け出したいっ!!
と思ってばかりいました。
親元を離れて一人で暮らしたいという
気持ちが人一倍強かったのもありますが。

ところが、大学生になって
念願叶って熊本で一人暮らしをはじめると、
熊本出身の友達には地元が大好きな人が多くてびっくりしました。
家の裏山で晩白柚(人間の頭くらいのサイズの大きなミカン)
が採れたからあげるー、とか、
生物の実験の授業で使う魚を各自持参しなさいと言われた日には
今朝お父さんが家の前の海で釣ってきてくれたやつ!
と言って見せてくれたり。
そういう姿をいいなーと思ったのと、
離れてみて初めて地元を客観的に見たのとで、
「なーん、福岡って実はばりばり
いいとこやったっちゃない!?(博多弁です!)」
と急に見る目が変わってきました。

そうすると、福岡に東京と同じくらい
たくさんのお店や遊び場所ができて
東京と同じくらい色々な催しが開かれることよりも、
福岡ならではのモノやコトに
磨きをかけることのほうが絶対ステキやーん!
どこにも負けんくない!?と思えてきたのです。
もし今福岡に戻ったとしたら、
きっと地元のために何かするんだろうな

実際に住んでないから?それとも年をとったからそう思うだけ!?
いやいや、きっと違うはず。
外から客観的に見て、他と比較する機会が
あったのは大きかったと思いますが、
実際、もしも世界中のすべての場所が似通っていたら、つまんない!
違いがあるから面白い!
(なんだか、「生徒の個性が大事」
みたいな話になってきちゃってる!?)

というわけで、廻り廻ってしまいましたが
結局何を言いたかったかというと、
「その土地に住む人がその土地を愛していたら、希望はきっとある」
ということです。
そして、国際協力の仕事をするうえでは、
どうやってその故郷愛を引き出していくかが大事だと思います。

だって、もしもその土地への
希望を持つ人がいなくなってしまったら・・・。
その土地を大切にする人がいて初めて、
現地の人々が求めることに対してヨソモノが
手助けを行う地盤が整ったといえるのではないでしょうか。

モンゴルの草原で伝統衣装に身を包んだまま
バイクを乗りこなしていた人々は、
きっと自分たちの土地を愛していたのだと思います。
そして、これから先もその土地で心地よく暮らしていけるように
一生懸命、そしてしたたかに
観光客相手に試行錯誤していたのだと思います。

その中で予想外に出てきた弊害だったり、環境破壊だったり、
文化の衰退だったり、というのは、
前進するパワーさえ彼らが持っていれば
何とか良い方向に軌道修正していける気がします。

ただその時に、なるべく同じ失敗を繰り返さないように、
他地域の事例を参考に被害を未然に防いだり、
先の先まで予想して実行に移したり、
ということに気をつけながら。

マラウイに来て、支援の現場を自分の目で見て、
ほんの一端だけどプロジェクトを担う一員となって、
国際協力の手法はまだまだ未熟で
試行錯誤の連続だということを改めて実感しました。
何がベストな方法かなんて、
長年この業界に関わっている人にとっても
本当に難しいことのようです
日々、予想もしなかったような新たな問題が起こり、
新しい考え方や手法につながっていっています。

そんな発展途上の分野でありながらも
他との違いを大事にしながらその地域ならではの誇りを伸ばそうと
とにかくチャレンジしている現地人が多い地域でのプロジェクトは、
たいてい良い方向に向かっていっている気がします。
私もそのお手伝いが少しでもできたら
同じ地球に住む一人として嬉しいな、と思います

つぎにモンゴルの草原に行った時、
誰かに話したくなるような素敵な暮らしを見られたらいいな・・・。