フェアトレードの可能性と生活改善による貧困削減

  • 2009/03/25(水) 18:39:21

昨日、アジア経済研究所の佐藤寛さんの
セミナーに参加してきました。

佐藤さんは途上国援助の社会的影響などの研究を
専門とされる社会学者でこの業界ではとても有名な方です。

最近はフェアトレードの調査も始められたそうで、
今回はフェアトレードや一村一品運動に関する調査のために
イギリス、ケニア、マラウイを訪問する途中で、
ついでにマラウイ在住の隊員やJICAスタッフ向けにも
講義をしてくださる、とのことで開かれたセミナーでした。

ちなみにマラウイでは主に一村一品活動について調査されるとのことで
私の配属先のオボップに登録している農民グループを訪れたり
オボップのスタッフに取材をしたりされました。

セミナーでは、フェアトレードや小規模農村開発における
社会学的な影響をテーマに話をしてくださり、
久々に頭をフル回転させて聞いたので
ちょっとオーバーヒート気味です。ああ、脳みそが煮えそう[emoji:e-224]

私は最近、将来的に一村一品アンテナショップの商品を
日本やその他の国にフェアトレード商品として
輸出する可能性はありえるのか?と考えていたため、
とても勉強になりました。

+ + + + +

まずフェアトレードの特徴ですが、
フェアトレードと普通の国際貿易との違いは、
前者は途上国の生産者に有利な
優遇的買い付けシステムである点とのことでした。

つまり、現在の国際貿易システムは途上国の貧しい生産者にとって
不利であり「公正(フェア)ではない」ということから、

1)市場価格の暴落に対するセイフティーネットとしての「最低買い上げ価格保障」
2)生産者が収穫期までを借金せずに暮らせるための「代金の一部前払い」
3)購入側が代金の一部を生産者団体に「社会開発」の原資としてフィードバックする「プレミアム支払い」

の3要素を基本とする優遇的買い付けシステムが
フェアトレードということ。

そして、この優遇的買い付けシステムがあることで
通常は様々なショック(天災、病気、景気変動など)
に対して脆弱な途上国の生産者が、
安心して生産活動に従事できるようになり
貧困削減や社会開発につながる、ということでした。

特に、いままで私が漠然としか認識していなかった
「フェアトレード」の特徴として佐藤さんが挙げられたのは、

“フェアトレード商品は通常より「割高」であることを承知で買う消費者がいて、初めてフェアトレードが成り立つ”

という点でした。


途上国の生産者を守るということは、
購入側に通常の取引以上のコストとリスクを
強いることになるため、最終的に先進国での
販売価格が割高になりがち、になるのだそうです。

日本で「フェアトレード」を知っている消費者が16%(2008年)
だそうで、それからすると「割高」という特徴も
ちゃんと認識してる人ってもっと少ないはず。
「割高」だけど確実に途上国の生産者を守る、
という認識をきちんと持てる販売方法をとると
もっと消費者は増えるんじゃないかな?

佐藤さんがおっしゃった言葉の中に、
国際協力を始める人のきっかけは
「先進国に生まれてしまったという社会的責任」であることが多い、
というのがありました。

確かに、私も最初はそうだったかも!
そして、ときどき心のどこかでこの事をズキッと感じているけど、
何かしようにも手段が分からなかったり環境が許さなかったり、
という人はすごく多いと思います。
フェアトレードは「割高だけどあえて買う」という
国際協力の一手段という認識を広めたら、
募金や寄付のようにもうちょっと一般的な行動につながるのかも。

現状、日本のフェアトレードの市場規模は
ヨーロッパの1/10(70億円)とのことで
日本でフェアトレードが広まらない理由として

・日本の消費者は品質にうるさい
・日本にはチャリティーの伝統がない
・日本では教会の影響力が小さい
・日本は植民地経営の歴史が短い(植民地化してしまったという罪悪感を感じる状況が多くない)

という点があるそうです。

なるほどー。。。
チャリテー、教会、植民地経営など、
社会的な背景の影響がずいぶん大きいなんて!
でも、確かに!

というわけで、日本でフェアトレード商品を売るのは
欧米に比べて難しいことが分かったとともに、
もしやるなら、品質をなるべく良くすることと
「国際協力のために自分も何かしたい」という人々の気持ちを
上手に取り込むことがポイントなのかな、と思いました。

私も日本のフェアトレードの商品を何回か通販で
買ったことはありますが、カタログを見て
異国の香りがしてなんだかカワイイ!と
ちょっと高くても買ったりしてみても、
届いたものは期待より貧相だったり使い心地が悪かったりして、
いくらフェアトレードでも
買っても結局使わなくなるならもったいないや、
と結局リピーターになったことはありませんでした。
友達に聞いても、お店でフェアトレードの物を見かけて
何か買おうかなと思っても品質が悪くて買う気が失せることが多い
という子が何人かいたなあ。

ただ、カタログ販売の場合は消費者の声が聞こえにくいけど、
例えばマラウイの一村一品商品だと、
近くに日本人がたくさんいるので
消費者の意見を集めて→品質改善に活かす、
という試行錯誤はけっこう速く繰り返せる気がします。

というわけで、一村一品商品のフェアトレード販売について
工夫次第では可能性がある、ということが分かって参考になりました。
大事なのは、魅力的な商品開発と、
「割高が国際協力へつながること」を
きちんと日本人消費者へPRすること
かな。

+ + + + +

佐藤さんの講義でフェアトレード以外に印象的だったのは、
貧困削減のためにはどうしたらよいのか?というお話。

まず、おそらくまだ多くの人が認識している
「貧困=カネがない」ではなく、
“「貧困=脆弱性」である”という大前提に立つと、
貧困削減のためには「収入向上」からではなく
「生活改善」から始まるルートを取った方がよい、ということでした。

恥ずかしながら、私も「貧困=カネがない」
のイメージが一番強かった。
ただ、

「貧困=カネがない」ではない

といっても、
貧困は経済的理由によって必要最低限の生活が
できないことを言うことは変わらないけれど、
単純に収入の金額だけでは計れない複合的なもの、
という意味だと思います。

「貧困=脆弱性」

つまり、

「貧困とは様々なショック(天災、病気、景気変動など)が起きた時に一気に生活基盤が崩れ去るかもしれない脆弱性を指す」

という概念は最近出てきたもののようで、
1日1ドル以下で生活している人を「絶対的貧困」と
呼んだり(2000年度『人間開発白書』)、
人類の半分が1日2ドル未満で暮らす貧困層だと言ったり、
「収入」は「貧困」を判断する分かりやすい指標として
今でも一般的に活用されています。

そんななか、さっきの“貧困削減のためには「収入向上」から
ではなく「生活改善」から始まるルートを取った方がよい”
という話に戻ると、

「貧困削減をしようとして途上国の人の収入向上をしても、自動的には脆弱性改善にはつながらない。個人の収入向上は必ずしも地域の貧困削減にはつながらない」

のだそうです。けれど、

「生活を改善をすることで生活の脆弱性を補うことができ、貧困削減につながる」

とのこと。
ただ、生活改善は生活の持続性を高めるけれど
大きな飛躍はできないので、外的な変化がないと
現状維持以上には広がらないという特徴もあるそう。

ここで参考にできるのが、日本の発展の歴史。

戦後日本(1945〜60年代)では貧困改善のために
「生活改善運動」が行なわれ、
農村の人々の栄養改善や、機械化以前の農繁期の過重労働の改善、
布団干しによる健康改善などなど、
ものすごーく生活に密着したレベルで
こつこつ少しずつ農民の生活が改善されていったそうです。

この努力によって日本国民全体の生活が安定しだした頃に
ちょうど高度経済成長(1955〜1973年)が来て、
その成果を急速かつかなり均等に農村の隅々まで届けるための
下ごしらえを生活改善運動が担った、
と考えることができるそうです。

そうすると一つの仮説として、
「成長に先立つ生活改善の必要性」が出てくるとのことで、
佐藤さんによると、今アフリカの経済は少しずつだけど
右肩上がりだと推測できるので、
今の生活改善は将来の飛躍の準備になるといえるのでは?
ということでした。

ほほーう[emoji:e-247]!!
ただし、成果が本当に目に見えて出てくるまでには
だいたい50年くらいかかるそう。
でも、今は恐ろしく地道〜な地味〜な活動に見えても
50年後に芽が出るなら無意味じゃないじゃん!それなら頑張れる!
なんだかスケールが違う、鳥肌ものの話が聞けて
アドレナリン出まくりな一時でした!

派遣前の技術補完研修でも
日本の生活改善の歴史から学ぶという講義があって、
当時の生活改良普及員の方達がどんな取り組みを
したかという資料をもらっていました。

きっとマラウイでも使えるヒントがたくさん眠ってるはず!
さっそく読み返してみようと思います[emoji:e-68]

頭の上の芸術!

  • 2009/03/18(水) 23:45:33

マリーアントワネットもビックリ!?
出張先で出会った、頭の上の芸術。
このほか、手の込んだドレッドだと2日がかりで編むこともあるみたい


 
かぶせているネットを取ると、右みたいなアフロになります。
ずっと見てるとかわいくみえてくるのは私だけ?
これならちょっとやってみたい。



 
ブランタイア(旧首都で今も商業の中心地)のヘアーサロンでやってもらったそう。
でもなんだか、まるで、ダイブ・・・、いえ、何でもないですっ!

出張ふたたび(後編)

  • 2009/03/17(火) 00:01:05

クンボ・オイル・グループ

【生産品】ひまわり油、モリンガパウダー、バオバブジャムなど
【活動開始年】1997年
【オボップ参加年】2006年
【オボップ参加のきっかけ】
・家計向上のため
・地域発展、貧困削減のため

【人員構成】160名(うち女性75%)
【地元での販路】工場での直接販売、個人的な販売
【参加後の変化】
・収益が参加前の1.76倍に
・商品のバオバブジャム、バオバブオイルを子どもにも食べさせるので健康状態が向上した
・近所の孤児を学校に行かせてあげられるようになった

【今後の目標】
・他にもいる孤児たちを学校に行かせてやりたい
・もっと大きな工場を持ちたい 


モリンガの木の葉っぱを乾燥させる作業


彼女は孤児だったが、このグループのおかげで学校でビジネスを学ぶ事ができ、今はビジネス担当としてメンバーの一員


壁には“Work like a slave, Live like a king.”の張り紙


事務所として使っている小屋には常に製品をディスプレイしているところが、さすが


届けた売り上げグラフに真剣に見入っていた。このグループはとてもビジネス感覚が強いので、下手をすると支援側がなめられるくらい。しっかりと付き合わねば・・・


クンテンブウェ・シンジロー・グループ

【生産品】落花生、落花生パウダー
【活動開始年】2003年
【オボップ参加年】2004年
【オボップ参加のきっかけ】
・充分な収入を得るため
・マラウイの地域の生活を発展させるため

【人員構成】13名(うち女性85%)
【地元での販路】スーパーマーケット、直接販売など
【参加後の変化】
・収益が参加前の1.69倍に
・石鹸や砂糖、薬を買えるようになった
・充分な食べ物を買えるようになった
・子どもを中高等学校に行かせられる人もでてきた

【今後の目標】
・落花生油を生産したい
・自宅の屋根を草ぶきから金属製に変えたい
・グループのユニフォームが欲しい 


前列、左から2人目がリーダー


メンバーの子ども。自分だってちっちゃいのに、がんばるね〜



★おまけ★ 


マラウイの田中邦衛。似てない!?
北の国からのあの人ですっ



泊まったBlantyre Hotel の受付嬢。こっちの人は、靴、バッグまで全身同色コーディネートの人が多い。全身レッド、全身ピンク、とか。日本人にはハードル高いな〜


部屋はこんなかんじ


ダニもいなくて快適でした!


夜のマーケット。炎に揺らめくのはジャガイモ、ニンジンなのに、なぜかちょっと神秘的




出張ふたたび(前編)

  • 2009/03/17(火) 00:00:47

先週引き返した出張に、再トライしてきました。
行き先はマラウイ南部の
ブランタイア県、チョロ県、ムランジェ県。

出張の主目的は、オボップに加盟している
農民グループ5つを訪問して、いかにアンテナショップへ
安定的に商品供給していくかについて話し合うこと。

そしてMBC(マラウイのラジオ局)で新しく始まった
オボップ紹介番組の制作のため、
MBC記者に取材をしてもらうことでした。

このほか個人的に、マラウイの庶民の暮らしや
日常生活での苦労、オボップに参加した理由や効果について
直接話を聞いてみました。

「ホントに成果が出てるのかなー」と
ちょっぴり斜に構えてたのですが
直接話を聞いたかぎり、数字上の収入の変化からも
話をしてくれる農民の表情からも、
多少の誇張はあるにしろ参加して
良くなったことは確実なんだ、と嬉しく感じました。

夢を聞くとどのグループでもきまって、
「もっと収入を増やしたい」とか
「家をもっと大きくしたい」と話してくれました。

「今は俺たちの家のほとんどが草ぶきの屋根だろ?でもいつか必ずトタン屋根の家に立て替えたいんだ!」
と言われて、そうですよねー、と答えながらもふと、
確かにそうなってほしいし実際応援してるけど、
いつか世界中の草ぶき屋根の家が全部電化されたら?
なんて考えると、今でさえ地球の資源の枯渇とか
二酸化炭素濃度増加とかいう問題があるのに
どうやって分けあえるんだろう・・・、と思ってしまったり。

まあ、それまでには少なくても
あと10年20年はかかるだろうから
その間に理想の暮らし像をみんなで
見直すような時代がくるのかなー?なんて思いました。

みんな幸せになってほしいけど、
みんなが先進国並みの暮らしをするのは物理的に無理。
でも大変な人を見てみぬふりもできない。。。

この業界で仕事をする以上、何が理想像なのかわからなくて
雲をつかむような不安とはいつも隣り合わせだけど
とにかく今は、前を向いて一歩ずつ一歩ずつ
目の前の問題を解決していくこと。
その先にしか答えは見えてこないことも確か。

よーし、また明日からがんばるぞー



↓ 訪問したグループ ↓


マパンガ・ハニー・グループ

【生産品】はちみつ 
【活動開始年】2002年 
【オボップ参加年】2006年 
【オボップ参加のきっかけ】
・マラウイ発展のため
・家計向上のため  

【人員構成】102名(うち女性71%) 
【地元での販路】ほとんどなし 
【参加後の変化】
・収益が参加前の1.25倍に
・子どもに充分な服や食べ物を買えるようになった
・子どもを中高等学校に行かせられる人もでてきた
・友人が増えて嬉しい 

【今後の目標】
・もっと収益を上げて素敵な家を建て直したい


グループメンバーの女性


MBC記者のインタビュー。取材されてるのがグループリーダー
(学校の先生でもある)



ブンブウェ・デイリー・グループ

【生産品】生乳、ヨーグルト、チーズ、サワークリームなど 
【活動開始年】1973年 
【オボップ参加年】2003年 
【オボップ参加のきっかけ】
・生産向上力のため  

【人員構成】600名(うち女性29%) 
【地元での販路】乳製品製造会社、病院、工場での直接販売、自転車での売り歩き 
【参加後の変化】
・収益が参加前の1.34倍に
・子どもを私立の中高等学校に行かせられる人もでてきた

【今後の目標】
・大きな工場を持ちたい
・節約のため、メンバー専用の製粉機を買って乳牛用の餌をひきたい 


毎朝、グループに所属する約500名の農民がとれたての牛乳を
自転車などに積んで集まってくる。


誰がどれだけ持ってきたかは、個人ノートと帳簿でかなりきちんと管理されていた


農民から集めた牛乳はこの機械へまとめる


殺菌、加工場。JICAから支援を受けた機械も多数



ブンブウェ・ベジタブル・グループ

【生産品】乾燥野菜、生鮮野菜など
【活動開始年】2004年
【オボップ参加年】2004年
【オボップ参加のきっかけ】
・グループ結成後に予想より成果が出ずメンバーが減少してしまった時に、ラジオでオボップの事を聞いて参加 

【人員構成】389名(うち女性53%)
【地元での販路】ホテル、レストラン、スポーツクラブ、路上マーケット 

【参加後の変化】
・収益が参加前の3.50倍に
・朝から晩まで丸一日かけて川からの水汲みと水遣りを手作業で行なっていたのが、ポンプとスプリンクラーを使って楽に作業できるようになった
・家を改築し電気も通した

【今後の目標】
・新しい商品(トマトソース、ストロベリージュース)を生産したい
・活動が大きくなったので工場を作りたい(建設中)  


グループメンバーの女性


建設中の工場

 ⇒ 後編につづく 





ネクタイの流行り、イタリア風!?

  • 2009/03/15(日) 21:54:48

マラウイの若いビジネスマンの間では、
短めのネクタイが最近の流行りみたいです。

日本でも、長さを短め、結び目を太めに結ぶスタイルは
あったけど、マラウイではそれがやたら極端。
道を歩いていると、あの人もこの人もネクタイが短いっ!
日本の霞が関のような場所で働く
きっとバリバリのビジネスマンな方々なのに、
短いネクタイをしているだけでなんだかとってもコミカルで
たまにプッと噴き出しそうになってしまいます。

それを見ていてずっと気になって
しょうがなかったのが、裏側です。

きっと、残りの長ーい部分を上手いこと
折りたたんだりして裏に隠しこんでるに違いない!
それともズボンの中までダラーンと伸びてたり!?
いや、いくらなんでもそんなはずは・・・。
でも、男だって「お洒落はガマン」なのかも。
気になる・・・

ということで、人一倍ネクタイが短かったお兄さん(おじさん?)
に突撃レポート!



かーなり短いです。ということは、
きっと裏側はめっちゃ長いはず!ワクワク

ところが!
あれ?裏側も普通に短い!
いやむしろ、普通よりも短い!
なぜ???



まさかと思って首に二重に巻いていないか聞いたけど、
そうでもなく。結び目も2回巻いただけだそう。

なんとなんと、これって普通のネクタイを短く
結んでるわけじゃなく、布の長さ自体がもともと短い
それ専用のネクタイが売られているんだそうです。
なんでもイタリア風だとか。
もしかして、日本でもとっくに有名ですか!?

それにしてもこのお兄さん、見知らぬ外人の変なお願いに
怒りだしたりしなくて良かった。ふぅ〜

出張へいざ!のはずが・・・

  • 2009/03/12(木) 23:14:49

マラウイ南部地域へ出張することになりました。

今回の出張の目的は、一村一品運動(オボップ)に登録している
農民グループと直接会って、商品をどうやって
安定的に生産、供給するかなどについて相談することです。

私は、一村一品運動に参加する前後で農民の暮らしが
どう変わったのか、いちど直接はなしを聞いてみたかったので
カウンターパートにお願いして同行することになりました。

1泊2日の予定で、いざ出発!

今回は、オボップがMBC(マラウイのラジオ局)に
毎週1回夕方に15分間の番組を新しく組んでもらったので
その取材ために、ラジオ局の記者さんも一緒です。

首都リロングウェを出て、配属先の車を走らせること3時間。
あと半分くらいかなー、という時に
同乗していたスタッフの携帯が鳴りました。

“Hello, Madam.”

どうやらオボップ事務局のトップ、
ナショナルコーディネーター(女性)からの電話のようです。
チェワ語でしばらくやり取りがあった後、
「今から首都に引き返すことになったよ、やれやれ」とスタッフ。

どうやら、明日の会議に彼(公認会計士)が出なければならない
ことが急遽決まったらしい。

そうかー、せっかくここまで来たのに大変ですね、
と言おうとした矢先。

あれあれあれ、車ごとUターンって、もしや!?

信じられないことに、ラジオ局の記者を泊りがけで連れてきた
というのに、同乗の5人全員引き返すことになりました。

ひょえー、ミニバスで一人で帰るんじゃないんだ。
日本だとバスか電車で一人で帰るんだよー。
なんだよー、また気合入れなおしじゃん。
しかも、誰一人文句言わない。笑ってるよー。すごい。 

というわけで、道中で撮った写真でも載せてみます。


雨季なので、乾季とうって変わって一面緑です 

 
ニンジンは4本の束で50クワチャ(30〜40円)
地方のマーケットで買うと、首都よりずいぶん安いです。
豆売りのおばちゃんは、男前なポーズをしてくれました
 

 
トマトはかごにきれいに並べて、出荷の準備。
肥料は量り売りでも買えます



こういう男子、小学生の頃いたよなあ・・・


こんどはさっきとうって変わって、すまし顔


出張は、来週もう一度出直すことになりました。
こんどこそー! 

顧客層の調査をはじめました

  • 2009/03/10(火) 23:58:21

アンテナショップでどんなお客さんが何を購入しているのかを
調べるために、レシートの控えに顧客の属性を記録することにしました。

国籍による

・M(Malawian)
・J(Japanese)
・F(Foreigner other than Japanese)

の3分類と、性別による

・M(Male)
・F(Female)

の2分類による、計6パターンでとりあえず記録開始。
いままでざっくりとしか分かっていなかった
顧客層の実際のところは?
結果が楽しみです!

バオバブ。天然のラムネ?

  • 2009/03/07(土) 23:21:10

『星の王子様』にも出てくるバオバブの実って
食べられるって知ってました!?
と知れば食べてみたい!と思って
オールドタウンの野菜マーケットで買ってきました。
1つ200クワチャ(約140円)
2〜3年に一度しか実をつけないんだって。



ところが、、、
いくら包丁でギコギコやっても全く歯が立ちません。
ウォッチマンに聞くと、
こうやるんだよーといって
そのへんに落ちてる石でバゴッボコッ。

割ると中身はこんな感じ。



白いところを食べます。
カラカラに乾燥していて、甘酸っぱいラムネみたいな味でした
ちょっと渋いから、ちょっとにしないとお腹こわしそうな雰囲気〜

はたちの私と今の私

  • 2009/03/05(木) 20:17:19

昨日、パソコンに入っている古いデータを整理していたら、
大学の頃に行った内モンゴルでのキャンプの感想文が出てきました。
たしか、報告書用かなにかに書いたやつ。
前にもこのブログに書きましたが(→「はじめに」
私はこのキャンプには3回行っていて、この時は3回目でした。
大学生は学生スタッフとして引率役で参加できて、
それだと、なんと半額の旅費で行けたんです!

懐かしいなー、と思って自分で読み返してみて
ちょっと驚きました。

 + + + + + + + + + + + + + + + + + 

 内モンゴルから帰国後。後片付けしようとキャンプ用具の入った大きなダンボールをスタッフみんなで開けた瞬間の、あの匂い。モンゴルで嗅ぎ慣れた、食物と土と草と、水と、生き物と、それ 以外の色々なもののごっちゃになった匂い。それは、一瞬で私をモンゴルへ連れ戻すぐらい、強烈でくらくらするような匂いだった。

 はてしない炎天下の大地で運よく雲の陰の中に入れたとき、待ち焦がれた井戸まで着いたとき、降り注ぐような星空を見たときの喜びは、日本じゃ到底味わえない!たぶん何年経っても、この夏の記憶を思い起こすとき、気持ちは二十歳に戻れるのだと思う。旅の好きな人はきっと、記憶の中の旅にも魅せられているのだろう。

 草原で過ごした一週間、乾燥した空気やジリジリ照りつける日差しにさらされて、帰りたいぐらい辛いこともあった。それなのに、また行きたいという気持ちになるのは、思い出だからだとも思う。そして、日本に帰ってこられる事を前提に行ったからだとも。あの草原で生きている人びとは、私たちをどんな気持ちで見ていたのだろうか?草原でバイクを乗りこなす原住民を見たときに、心外だと感じたのは私だけではないはずだ。あのとき軽すぎる感情を抱いた自分を、後から恥ずかしく思った。エーデルワイスの咲き乱れる草原にも出会ったけれど、荒涼たる茶色の大地も通った。そこには、「日本で得がたい大切な事を学ぶための冒険」というだけで終わらせてはいけない際どさがあると思う。

 いつか、このどこか腑に落ちない気持ちへの答えを見つけられたとき、また内モンゴルへ行ってみたい。そして、そういうことを子どもたちと一緒に考えられるような大人になりたいと思った。



 + + + + + + + + + + + + + + + + + 

私ってなんてマジメだったんだろう。いや、今も真面目ですけど(笑)!
そして、この頃とはちょっぴり考え方が変わっているかも。

今の私は、「日本で得難い大切なことを学ぶための冒険」、
どんどん行ってください!と思います。
たとえそういう旅が観光産業として
原住民の生活の糧になっていたとしても、
ゆき過ぎさえしなければ、それはそれで世界が回るひとつの歯車に
なっているのだし、その中にもし矛盾があったとしたら
それを自分の目で見ることで、
何かを考えるきっかけができるかもしれない。
(もちろんマナーは当然守った上で、ですが。)

私みたいに、その時すぐに疑問への答えを
得られなかったように見えても、
疑問を持つこと自体にきっと大きな意味があるはず。

たくさんリスクはあったにもかかわらず、
こういうチャンスをくれた両親に、今でも心から感謝しています。
私も自分のこどもには、
感受性豊かなころから色々な経験をさせたいな。

ちなみに、腑に落ちない気持ちへの答えは見つかったか・・・?

ある国や地域の伝統を保つことは、
グローバル化した世界においてはとても難しいことだと思います。
その地に住む人は外からの文化や文明に興味を持ちはじめ、
逆にそこに住まない人は、
その地独特のものを失わないでほしいと願う、
という様なことは、日本でもよく聞きます。
いかにして素晴らしい部分を保ちつつ、
新しいものも取り入れていくか?
これは、発展途上国でも先進国でも同じことでしょうが、
発展途上国の場合は外から一方的な影響を受けやすいので、
いろいろな問題につながりやすいのではないでしょうか。

最近よく感じるのが、外からの支援者がいくら頑張っても、
結局はその土地の人々が自分たちで何とかしていこうと思い
行動することが、不可欠だということです。
そしてそれは、自分たちの土地を
自分たちで大切に想うことから始まるのでは?
務めていたNGOでも、この概念が
長年の経験の上から導き出されていました。

マラウイでは黄色人種や欧米人は目立つので、
道を歩いていると男女問わず声をかけてきてくれます。
日本人だと分かると、トヨタがすごい、日産がすごい、
日本に連れてって〜、と話が盛り上がり、
そのうちマラウイのお国自慢を始める人の多いこと!
「世界の最貧国の一つ」だとか、
「エイズ患者が国民の15%」とか、
たくさん難しい課題はあるというのに、
マラウイの人の温かさ、湖のすばらしさ、
などを満面の笑みで語ってくれます。
素直に自分の土地を自慢できる人って、
日本人だともっと少ない気がする・・・。

私は福岡で生まれ育ったのですが、
中高生の頃は東京だとかヨーロッパだとかへの憧れがとても強くて、
早くこのこぢんまりした場所から抜け出したいっ!!
と思ってばかりいました。
親元を離れて一人で暮らしたいという
気持ちが人一倍強かったのもありますが。

ところが、大学生になって
念願叶って熊本で一人暮らしをはじめると、
熊本出身の友達には地元が大好きな人が多くてびっくりしました。
家の裏山で晩白柚(人間の頭くらいのサイズの大きなミカン)
が採れたからあげるー、とか、
生物の実験の授業で使う魚を各自持参しなさいと言われた日には
今朝お父さんが家の前の海で釣ってきてくれたやつ!
と言って見せてくれたり。
そういう姿をいいなーと思ったのと、
離れてみて初めて地元を客観的に見たのとで、
「なーん、福岡って実はばりばり
いいとこやったっちゃない!?(博多弁です!)」
と急に見る目が変わってきました。

そうすると、福岡に東京と同じくらい
たくさんのお店や遊び場所ができて
東京と同じくらい色々な催しが開かれることよりも、
福岡ならではのモノやコトに
磨きをかけることのほうが絶対ステキやーん!
どこにも負けんくない!?と思えてきたのです。
もし今福岡に戻ったとしたら、
きっと地元のために何かするんだろうな

実際に住んでないから?それとも年をとったからそう思うだけ!?
いやいや、きっと違うはず。
外から客観的に見て、他と比較する機会が
あったのは大きかったと思いますが、
実際、もしも世界中のすべての場所が似通っていたら、つまんない!
違いがあるから面白い!
(なんだか、「生徒の個性が大事」
みたいな話になってきちゃってる!?)

というわけで、廻り廻ってしまいましたが
結局何を言いたかったかというと、
「その土地に住む人がその土地を愛していたら、希望はきっとある」
ということです。
そして、国際協力の仕事をするうえでは、
どうやってその故郷愛を引き出していくかが大事だと思います。

だって、もしもその土地への
希望を持つ人がいなくなってしまったら・・・。
その土地を大切にする人がいて初めて、
現地の人々が求めることに対してヨソモノが
手助けを行う地盤が整ったといえるのではないでしょうか。

モンゴルの草原で伝統衣装に身を包んだまま
バイクを乗りこなしていた人々は、
きっと自分たちの土地を愛していたのだと思います。
そして、これから先もその土地で心地よく暮らしていけるように
一生懸命、そしてしたたかに
観光客相手に試行錯誤していたのだと思います。

その中で予想外に出てきた弊害だったり、環境破壊だったり、
文化の衰退だったり、というのは、
前進するパワーさえ彼らが持っていれば
何とか良い方向に軌道修正していける気がします。

ただその時に、なるべく同じ失敗を繰り返さないように、
他地域の事例を参考に被害を未然に防いだり、
先の先まで予想して実行に移したり、
ということに気をつけながら。

マラウイに来て、支援の現場を自分の目で見て、
ほんの一端だけどプロジェクトを担う一員となって、
国際協力の手法はまだまだ未熟で
試行錯誤の連続だということを改めて実感しました。
何がベストな方法かなんて、
長年この業界に関わっている人にとっても
本当に難しいことのようです
日々、予想もしなかったような新たな問題が起こり、
新しい考え方や手法につながっていっています。

そんな発展途上の分野でありながらも
他との違いを大事にしながらその地域ならではの誇りを伸ばそうと
とにかくチャレンジしている現地人が多い地域でのプロジェクトは、
たいてい良い方向に向かっていっている気がします。
私もそのお手伝いが少しでもできたら
同じ地球に住む一人として嬉しいな、と思います

つぎにモンゴルの草原に行った時、
誰かに話したくなるような素敵な暮らしを見られたらいいな・・・。